写真散歩
京都の鉄道今昔
京阪・近鉄丹波橋駅相互乗り入れの跡
(2006.09.17)
(その1)

その昔、京阪と近鉄(当初は奈良電鉄)が京阪の丹波橋駅を介して相互乗り入れしていた時代がありました。この乗入れは、戦後すぐに始められ、1968/昭和43年に、近鉄が1500X昇圧のため中止になるまで続けられました。
当時の時刻表などを見ると、京阪三条と近鉄奈良、近鉄京都と京阪宇治などの系統があったようです。また乗り入れしない奈良電(近鉄)の電車も京阪のホームを共同使用していたため、同一ホームで乗換が出来て、今よりは便利だったようです。
今でも、良く探すと当時の遺構が残っているところもあります。奥野氏の写真と当時のことを書かれた資料を元に廃線跡をたどってみたいと思います。

画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

このお写真は、『近鉄460型481号車ほかの3連(注1)』の近鉄橿原神宮前発京都行きの急行が、乗り入れ線から渡り線を通って丹波橋駅に進入しようとしているところです。(地図の「A」地点-クリックすると地図が開きます。以下同じ)
この460型は、『近鉄奈良線の前身大阪電気軌道(かつては大軌とよばれていました)の前面五つ窓の木造車200形260形の鋼体化車で、正面2枚窓の非貫通車とお写真の貫通扉つきの2種類がありました。この電車客室窓や扉に種車の部品を多用したため近鉄の鋼体化車の中では比較的原型の面影を残している存在です。古臭い感じがするのはその所為です。(注2)
この写真の説明については、(注1)なにわ様、(注2)懐古趣味様よりご教示いただきました。あらためてお礼申し上げます。



同じ位置の現在の様子は、上のようになっています。当然連絡線などは残っていませんが、右端の安全側線がかつての奈良行きの下り線の名残です。


下りホーム側(地図の「B」地点)から望むと、こんな感じです。架線柱に面影が残っています。西側の線路際の民家も一部当時のものが残っているようです。

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