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私の鉄道趣味の原点は、家の前を走る叡電です。写真を撮り始めた頃の叡電のラインナップを紹介します。


デオ200型204号 
鞍馬行。宝ヶ池駅にて写しました。運転士さんの制服も詰襟に金ボタンの学生服スタイルの頃です。
昭和49年3月9日

デオ300型302号 
岩倉行。宝ヶ池駅にて。当時の叡電のクィーン、仲間内では「新車」と呼んでいました。カルダンモーターの静かな走りと、全金属製の車体が、すてきでした。写真ではポールの先端が写ってなくて残念(^^)
昭和49年3月9日



デナ500型503+504号

出町柳行。八瀬遊園−三宅八幡間にて。叡電で最多勢力10両を誇った電車。ブレーキの関係で鞍馬線は二軒茶屋までしか入線できなかったため、主に叡山線で使われました。夏休みのプール輸送のため2連で運転中。
昭和49年7月20日



デナ21型24号 
めずらしい試運転列車の写真です。宝ヶ池陸橋より写しました。
昭和49年3月9日

デナ21型2連
出町柳行き。宝ヶ池−修学院間にて。
いま、この場所はマンションが建ち、撮影場所にいっても線路を望むことは出来ません。
昭和49年3月9日


デオ302号
出町柳行き 鞍馬線 八幡前−宝ヶ池間にて
この写真をとった場所も、線路際まで民家が迫り、比叡山を望むこともままなりません。
昭和49年3月17日
こうやって、古い写真を見てみても、宝ヶ池の構内は、いまもほとんど変わっていません。無人化されたのと、構内踏切に遮断機が付いたのと、側線の配線が変わったのと、場内信号の位置が動いたのと、案内版が新しくなったのと、保線事務所が移転して、跡地がマンションになったのと・・・・、アレ結構変わってるのかな?

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