福 塩 線

宇部・小野田線・を写してから、九州を目指しました。
最近、不幸な事件で消失した下関駅で、ふと途中下車しました。駅前をうろついていると、偶然「関門橋経由門司港」行きのバスがやってきました。当時「東洋一」とうたわれた吊橋を渡るのも良かろうと、フラフラと乗ってしまいました(^^ゞ
バスは赤間神宮の前を過ぎ、壇ノ浦ICから関門橋に乗り入れました。眼下に船が行き来するのを見るまもなく、わずか2・3分で対岸の和布刈ICに着きました。門司の町をしばらく走って、九州の鉄道の起点、門司港駅に着きました。
前回の修学旅行のときは新幹線で、今回はバスでと、また関門鉄道トンネルを抜けずに九州入りしてしまいました。
(昭和55年9月14日)

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和布刈公園入り口より見上げた関門橋

最近レトロな街として脚光を浴びている門司ですが、当時はそれほど関心がなかったのか、門司港駅の写真すら写さずに、小倉へ移動しました。(残念)
駅前へ出ると、北方線が近く廃止(S55.11.1廃線) になると知り、乗ってみることにしました。

バックの看板は、病院の関係者が出していたものです。(撮影場所不詳)

上の写真の後追いです。この路線は、ほとんどが連接車で運行されていました。

北方車庫前にて。1067mm軌間のため、標準軌の本線よりやや小型の裾絞りの車体の電車が走っていました。

夕刻、小倉を後にして博多へ向いました。

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