福 塩 線
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大淀川での撮影の後、西都原古墳群へ回りました。宮崎市内から妻駅(西都)までは、バスが頻繁に走っていました。駅から古墳まですこし距離があるのですが、バスの便が悪いのでブラブラ歩いていきました。

ここには、「男狭穂塚と女狭穂塚」の2基の巨大古墳を中心に大小300基以上の古墳が並んでいます。古事記や日本書紀に出てくる、天孫降臨の物語の舞台を見た気分になり、大学の古典のゼミで学んだ、神主さんの祝詞に出てくる「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に清め給え祓え給え、云々」の場所はここだったのかもしれ無いと思って感動しました。
ここで写した写真は、上の太古の復元住居だけですが、草原にぽつん、ぽつんと建つ古墳の姿は、いまでも目に残っています。

古墳をあとに、駅まで戻ってきましたが、妻線の発車まで間があります。そこで何を血迷ったのか、終点の杉安駅まで、6キロ近くの上り坂を歩き出しました。が、次の穂北駅でダウンして(笑)、626Dに収容されました。
結局、穂北−杉安間は未乗のまま、昭和59年に妻線は廃止されています。

翌日は、快速錦江で薩摩の国に向いました。続きは下のリンクから ↓

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