紀伊田辺で乗り換えて、白浜をすぎさらに南下すると、車窓には黒潮踊る枯木灘が広がってきました。(江住付近)
普段、海と縁遠い京都の学生は、思わず「おぉー!」と歓声をあげて、地元おじさんの顰蹙を買っておりました(^^ゞ

やがて、列車は串本に到着しました。この頃(1980年)にはまだ、大島への串本大橋は完成しておらず(1999年秋開通)、串本節に歌われた連絡船が通っておりました。

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串本からさらに新宮方面へ3駅ほど行った、紀伊田原の国民宿舎「あらふね」に宿をとりました。宿の前は浜辺で、夜はきれいな漁り火が見られました。

翌朝は、この熊野灘を望むビューポイントで撮影することにしました。

このページのイラストは、みてみ亭の秋内音絵さんの作品をお借りしています。無断体裁はお断りします。

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