'98年の秋、ニフティの観光フォーラムのオフで、再び南紀を訪れる機会がありました。
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初日は、勝浦駅に集合して、那智山に登り、太地の国民宿舎に泊という行程です。
新大阪から乗った特急は、4時間近くかかってやっと勝浦に到着です。これだけ乗っても、大阪府と和歌山県の2府県しか移動していないことになります。和歌山県は南北に長いですね。ちゅうど台風が通過したあとで、線路際の林も根元からなぎ倒されているのが何本もありました。自然の猛威は計り知れないものだと思いました。

那智山に登るには、また熊野交通のバスに乗らなければいけないのですが、ちょうど定期便は出たところ、当するかと思っていると幹事役が窓口と交渉して臨時便を出してもらえることになりました。さすがこのギョウカイ関係者も多い観光フォーラム(@_@。

お参りして、熊野古道をハイキングして下り、勝浦駅に戻ってきました。
ちょうと熊野博が翌年開かれるとあって、紹介のプレイベントをやっていました。古代の熊野詣のかっこうをしたおねえさんがおられたので、写真を写させてもらいました。

国民宿舎「白鯨」は、くじら公園の中にあり、料理は当然くじら料理(^^ゞにまぐろのお刺身定食。
再び、給食でくじらの竜田揚げをさんざん食べた世代と、くじらなんて食べたことがない世代で、ジェネレーションギャップな(^^) 会話が繰り広げられました。

翌日は、車に分乗して志古の船乗り場へ向います。ここからジェット船で往復2時間ほどの渓谷巡りに出かけます。早い水の流れ、切り立った岩肌、楽しかったです。

帰り道を半分程下り、川幅が広くなったところで突然船は着岸して、下車することになりました。何もない河原を歩くと、ホテルが見えてきました。清流荘「やすらぎの湯」です。
このホテルの裏手に、トロッコの乗り場があります。

もとは、鉱山鉄道だったのですが、廃坑になったあと、観光用に整備され、温泉客の足になっています。

小さな人車に乗って、真っ暗なトンネルを抜けていくのはわくわくします。

 湯ノ口温泉は、一部が露天プロになっていますがそれ川をはさんだ道路から丸見え(男湯のみ)で、開放感に溢れておりました(^^ゞ

昼食は、「きじ丼」をいただきました。きじ丼というと、鶏肉を照り焼きにしたものをのせたどんぶりを云うところもありますが、ここのは、本物の雉肉を使っています。鯨といいまぐろといい雉といい、南紀はたべものの宝庫でもありますね(^^) お土産には黒飴那智黒もお忘れなく..

さて、一服してふたたびトロッコで熊野川へ戻ったのですが、ここからまた船に乗らなければいけない。どうするのかと思っていると、20数人分の空席を作った船がまた接岸して、われわれを収容してくれました。幹事さんに聞くと、熊野交通との交渉は難攻を重ねたそうです。ご苦労様です。それと、突然団体客が乗り合わせてきた他のお客さんも目を白黒させてました(笑).

思えば、この頃がパソコン通信がもっとも盛り上がった時期でしたね。
このあと、Win98,ME,Xp と進むにつれ、コミュニケーションは画像や音声も自由に使えるWebでのやりとりが主流になり、文字中心のパソ通は下火になっていきます。まだ、7年程まえのことなのに、コンピュータの世界のドッグイヤーの早さには付いて行けませんなぁ(^^ゞ

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